結論
IT・情報通信業の補助金は3つの軸で考えます(2026年9月時点)。
- 自社サービスの開発: 新事業進出・ものづくり補助金(正式名称: 新事業進出・ものづくり商業サービス補助金)
- 正社員化: キャリアアップ助成金
- エンジニア研修: 人材開発支援助成金
ただし、受託開発が中心で、自社エンジニアの人件費が主なコストの事業者は、補助金を使いにくい面があります。理由と考え方を本記事で解説します。
ものづくり補助金は23次締切(採択発表2026年8月7日)が最後で24次締切は告知されておらず、中小企業新事業進出補助金は公募が終了しています。新事業進出・ものづくり補助金の事務局は、どちらとも「異なる補助金」と明記しています。
1. IT業向け補助金の比較
| 制度 | 補助率・助成率 | 補助上限など | IT業での使いどころ |
|---|---|---|---|
| 新事業進出・ものづくり補助金(革新的新製品・サービス枠) | 1/2(小規模企業・小規模事業者、再生事業者は2/3) | 750万〜2,500万円(賃上げ特例で850万〜3,500万円)・下限100万円 | 新製品・新サービスの開発 |
| 新事業進出・ものづくり補助金(新事業進出枠) | 1/2 | 2,500万〜7,000万円(賃上げ特例で3,000万〜9,000万円)・下限750万円 | 自社にとって新しい製品等で新市場に進出 |
| 人材開発支援助成金(人への投資促進コース・高度デジタル人材訓練) | 中小企業は経費75%・賃金1,000円/時間 | 1事業所の年度上限2,500万円(成長分野等人材訓練を除く) | 高度デジタル人材の育成 |
| キャリアアップ助成金(正社員化コース) | 定額 | 中小企業・有期雇用から1人40万円(重点支援対象者80万円) | 有期雇用の従業員の正社員化 |
| デジタル化・AI導入補助金(通常枠) | 1/2以内(条件付きで2/3以内) | 5万〜450万円 | 自社で使う登録ITツールの導入(自社開発は対象外) |
| 持続化補助金 | 2/3(賃金引上げ特例を使う赤字事業者は3/4) | 50万円(特例で最大250万円) | 販路開拓(従業員5人以下) |
2. なぜ受託開発中心の事業者は補助金を使いにくいか
理由1: 自社の人件費が対象経費にない
新事業進出・ものづくり補助金の対象経費は、機械装置・システム構築費(必須)、運搬費、技術導入費、知的財産権等関連経費、外注費、専門家経費、クラウドサービス利用費、原材料費、広告宣伝・販売促進費です。自社の人件費はありません。受託開発の主なコストである自社エンジニアの人件費は補助されません。
理由2: 「開発」か「新市場」が条件
革新的新製品・サービス枠は新製品・新サービスの開発が対象で、既存の製品・サービスの生産プロセスの改善だけの事業は対象外です。新事業進出枠は、製品等と市場の両方が自社にとって新しいことが条件です。自社の業務を効率化するだけのシステム開発は、これらに当てはまりにくくなります。
理由3: 受託案件のための開発は区別が必要
取得した財産は処分制限があり、原則として補助事業にのみ使用する必要があります。既存事業(受託案件など)に流用すると返還の対象です。
受託開発企業の考え方
- 自社サービスの開発に取り組む: 新事業進出・ものづくり補助金(革新的新製品・サービス枠、または新事業進出枠)
- 有期雇用のエンジニアを正社員にする: キャリアアップ助成金
- エンジニアを育成する: 人材開発支援助成金
- 自社の業務効率化: デジタル化・AI導入補助金(登録ITツールの導入)
3. 自社サービスの開発で新事業進出・ものづくり補助金
枠の選び方
- 革新的新製品・サービス枠: 自社の技術で新しいサービスを開発する事業
- 新事業進出枠: 既存事業(受託開発など)とは異なる、自社にとって新しい市場に向けた事業。既存市場の一部だけを対象にするもの、商圏違いだけのものは該当しません
- グローバル枠: 自発的な海外販路の開拓に向けた、国内の輸出体制の強化
対象経費の注意点
- 機械装置・システム構築費が必須です(新事業進出枠・グローバル枠は建物費でも可)
- 外注費、クラウドサービス利用費、専門家経費、知的財産権等関連経費なども対象です
- 契約(発注)先1件あたり50万円(税抜)以上は3者以上の相見積もりが必要です
- 交付決定前の発注・契約・支払いは対象外です
実施期間と要件
- 補助事業実施期間は、革新的新製品・サービス枠が交付決定日から10か月以内、新事業進出枠が14か月以内
- 3〜5年の事業計画で、付加価値額+4.0%/年、一人当たり給与支給総額+3.5%/年、事業場内最低賃金が地域別最低賃金+30円以上、一般事業主行動計画の公表が必要
- 認定経営革新等支援機関の関与は任意ですが、事業計画書の作成そのものを第三者に行わせることは認められません。金融機関等から資金提供を受けて実施する場合は金融機関による確認書が必要です
4. 新市場への進出は新事業進出枠
補助上限は従業員数別に2,500万〜7,000万円(賃上げ特例で3,000万〜9,000万円)、下限は750万円です。補助率1/2なら事業費1,500万円以上が最低ラインで、交付申請の精査で減額されて下限を割ると採択取消になります。
「製品等が自社にとって新規」かつ「その市場が自社にとって新市場」の両方が必要です。受託開発で培った技術を、既存の取引先とは異なる市場向けのサービスとして展開する場合などが検討の対象になります。
5. エンジニア研修で人材開発支援助成金
人への投資促進コース
- 高度デジタル人材訓練: 中小企業は経費75%・賃金1,000円/時間、大企業は経費60%・賃金500円/時間
- 定額制訓練(サブスクリプション型): 経費助成のみで、中小企業60%・大企業45%(賃金要件等で+15%)
- 1事業所の年度上限は2,500万円(成長分野等人材訓練を除く)
どの研修が高度デジタル人材訓練などに当たるかは、支給要領で確認してください。
事業展開等リスキリング支援コース
新規事業の立ち上げなどの事業展開やDX・GX化に伴うリスキリング訓練。中小企業は経費75%・賃金1,000円/時間(大企業は60%・500円/時間)で、令和8年度末までの時限措置です。1事業所が1年度に受給できる助成額は1億円です。
共通の注意点
- 職業訓練実施計画届を、訓練開始日の6か月前から1か月前までに労働局へ提出
- eラーニング・通信制の訓練は賃金助成の対象外
6. キャリアアップ助成金で正社員化
正社員化コース
有期雇用のエンジニアを正社員に転換した場合、中小企業は1人40万円(重点支援対象者は80万円)です。
注意点
- 雇用保険の適用事業所であること
- キャリアアップ計画書を、転換日などコース実施日の前日までに管轄労働局へ提出すること
- 転換日の6か月以上前から、正社員とは異なる雇用区分の就業規則等を適用して雇用していること
- 業務委託(フリーランス)の契約は雇用ではないため、そのままでは正社員化コースの対象になりません
7. IT業特有の落とし穴
落とし穴1: 自社人件費の壁
最大のコストである自社エンジニアの人件費は、新事業進出・ものづくり補助金の対象経費にありません。外注費やクラウドサービス利用費などの対象経費で、どこまで事業費を組めるかを先に確認してください。
落とし穴2: 受託案件と補助事業の混同
取得した財産は処分制限があり、原則として補助事業にのみ使用する必要があります。補助事業で開発・導入したものを既存の受託案件に流用すると、返還の対象になります。
落とし穴3: 交付決定前の発注
交付決定前の発注・契約・支払いは対象外です。開発の外注やクラウドサービスの契約を先に始めてしまうと、その経費は補助されません。
落とし穴4: 知的財産の帰属の整理
外注先と共同で開発する場合、成果物の権利がどちらに帰属するかを契約で明確にしておかないと、事業化の段階でトラブルになりがちです。
落とし穴5: 3〜5年の賃上げの約束
新事業進出・ものづくり補助金では、一人当たり給与支給総額の年平均成長率+3.5%以上などを3〜5年満たす必要があり、未達は返還の対象です。採用や報酬の計画と合わせて試算してください。
落とし穴6: 過去の交付決定による減点
過去3年間にものづくり補助金または新事業進出補助金で交付決定を受けている事業者は、新事業進出・ものづくり補助金の審査で減点されます。
8. IT業の制度選び方
やりたいことで選ぶ
| やりたいこと | 候補になる制度 |
|---|---|
| 受託開発が中心で、人材を確保・育成したい | キャリアアップ助成金、人材開発支援助成金 |
| 自社の技術で新しいサービスを開発する | 新事業進出・ものづくり補助金(革新的新製品・サービス枠) |
| 既存事業と異なる新市場に進出する | 新事業進出・ものづくり補助金(新事業進出枠) |
| 自社の業務を効率化する | デジタル化・AI導入補助金(登録ITツールの導入) |
| 従業員5人以下で販路開拓に取り組む | 持続化補助金 |
事業規模の目安
- 新事業進出・ものづくり補助金の補助下限は、革新的新製品・サービス枠100万円、新事業進出枠750万円です。補助率1/2なら事業費は200万円以上、1,500万円以上が最低ラインです
- 補助上限は従業員数で決まり、革新的新製品・サービス枠は1〜5人750万円/6〜20人1,000万円/21〜50人1,500万円/51人以上2,500万円です
9. 申請を勧めるケース
- 自社サービスの開発、または新市場への進出の具体的な計画がある
- 開発の外注やシステム構築など、対象経費で事業費を組める
- 3〜5年、給与を年平均+3.5%以上上げ続ける見通しがある
- 事業費をいったん全額立て替えられる
- 正社員化・研修の予定を、届出期限から逆算して組める
10. 申請を勧めないケース
- 受託開発だけで、自社サービスを開発する予定がない(補助金より助成金を検討)
- 自社エンジニアの人件費を補填したい
- 1〜2か月以内に開発を始めたい
- 事業費が小さく、減額されると補助下限額を割るおそれがある
- 業務委託(フリーランス)中心の体制で、雇用関係助成金を見込んでいる
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11. よくある質問
Q. SaaSのスタートアップでも使えますか?
A. 都内で創業予定または創業5年未満などの要件に当てはまるなら、東京都創業助成金(上限400万円・助成率2/3以内。従業員人件費や賃借料も対象)が候補です。新事業進出・ものづくり補助金は決算書(直近3期分)の添付が必須で、3期分がない場合は今期までの決算書をすべて添付します。
Q. AI開発は対象になりますか?
A. 新事業進出・ものづくり補助金の革新的新製品・サービス枠は、新製品・新サービスの開発が対象です。AIかどうかではなく、自社にとっての新しさと事業計画の内容で判断されます。自社開発ではなく登録ITツールとしてAIを導入する場合は、デジタル化・AI導入補助金(AI専用の枠はなく、ソフトウェアにAIを含む)を検討してください。
Q. 海外への開発委託の費用は対象ですか?
A. 外注費は対象経費の区分にありますが、個別の委託先や契約の扱いは公募要領で確認し、必要に応じて事務局に問い合わせてください。
Q. 自社用の会計・請求システムの導入は?
A. デジタル化・AI導入補助金のインボイス対応類型では、会計・受発注・決済のインボイス対応ソフトウェアについて、50万円以下の部分が補助率3/4以内(小規模事業者4/5以内)、50万円を超える部分が2/3以内です。対象は登録ITツールだけです。
12. 情報源
最終確認日: 2026年9月15日 / 編集: 補助金・助成金リアリティ編集部
この記事を書いた人
中小企業庁・厚生労働省・各都道府県の公式公表内容を一次情報源に、補助金・助成金の「申請すべきか/見送るべきか」を中立的に伝えるための編集チーム。 採択保証表現や申請代行業者の宣伝は行わず、採択率・準備負担・立替期間・実績報告の負荷といった現実的な観点から判断材料を提供することを編集方針としています。
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